Iceweasel は Firefox を持ち歩けるフォルダに収めたもの
要約
Firefox のソースから作り直し、ポータブル動作を標準で備えた版。設定、拡張機能、ブックマークはプログラムの隣のフォルダに収まり、利用者のデータ領域にもレジストリにも何も残らず、Windows でインストールせずに使える。
おすすめ- ソフト名
- Iceweasel
- バージョン
- v151.0.4
- 料金
- 無料
- オープンソース
- オープンソース
- OS
- Windows
- 更新日時
- 2026-10-18 22:00
公式には出なかった版
ブラウザとポータブル版のブラウザは同じプログラムで、違うのは一点だけ、プロファイルをどこに置くかである。この一点は、聞こえ以上に効いてくる。普通に導入すると、利用者が気にしているものはすべて、つまりブックマーク、保存したパスワード、拡張機能、セッション、画面の配置が、利用者のアカウントとその一台に結び付いた場所へ書き込まれ、さらにシステムの設定の台帳にいくつかの項目が散らばる。持ち主が一人だけの計算機なら、これは正しい作りだ。ところが、自分のものではない計算機で同じブラウザを使いたいと思った瞬間、それは障害になる。公式の配布物はこの問いに答えを持っていない。この版は答えの一つである。
一つのフォルダに全部入る
このブラウザのどのビルドも、持ち歩きの動作を後から足すのではなく、初めから備えている。プロファイル、拡張機能、ブックマーク、クッキーは、プログラムの入っているフォルダの中に置かれ、利用者ごとのデータの場所にもレジストリにも何も書かれない。その結果は、人が本当に望んでいるものになる。つまり中身ごと取り外せる記録媒体に載せておき、別の Windows の計算機に差し込めば、同じブックマーク、同じパスワード、同じ拡張機能を持った同じブラウザが出てくる。媒体を抜けばデータも一緒に消える。データは初めからほかのどこにも住んでいなかったからだ。
同じ性質は、もっと静かな二つ目の問題にも答える。ソフトを入れるのに管理者の権利と承認が要る計算機では、書き込める場所にフォルダを解いて置くことは、導入ではなく単なるフォルダである。何も登録されず、入っているソフトの一覧にも現れず、後から外す必要もない。ブラウザを使うためだけに承認を何日も待ったことのある人にとって、この違いが機能のすべてになる。

同じ中核なので、拡張も同じ
このビルドは同じソースから作られている。つまり中核と描画の振る舞いは似ているのではなく同一である。そこから導かれることはここでもそのまま成り立つ。あちらで正しく表示される頁はこちらでも正しく表示され、開発者向けの道具は同じもので、拡張の生態系は一部ではなく全体だ。拡張機能、外観、そして内容を遮る道具や頁を作り変える道具も、普通に導入でき、普通に動く。下に違いがないので、回り込む必要もない。
この企画は一人の開発者が支えており、一週間ごとの割で源の版の歩みに合わせている。これは長所と危うさの両方を正直に言った説明になる。大きな企画を追いかける一人の企画というのは、役に立つ派生の版が存在してきた形そのものだ。同時に、続くかどうかがその一人の関心にかかっていることも意味する。ソースは MPL の下で公開されているので、その関心が途切れても、このビルドは誰かが作り直したり引き継いだりできる。
実際に違うところ
三つある。そして大げさに言いたくなるので、正確に述べておく値がある。一つ目は、持ち歩きの動作が外側の包みではなく、本身の能力であること。自分の状態を初めから自分のフォルダに置くよう設計されたプログラムと、そうするよう言いくるめられたプログラムの違いだ。二つ目は名乗りで、源の商標と図案は外され、この企画自身の名前と姿に置き換えられている。だからこそ、自分の土台になったブラウザとして名乗らない。三つ目は組み立てで、支える人のビルドには、公式の配布物が選ばない組み立て段階の最適化が入っている場合がある。
この三つを除けば、日々の使い勝手は同じである。同じ描画、同じ網との相性、開く人にとって同じ道具。別のブラウザを期待した人は肩透かしを食うが、その肩透かしこそが要点だ。これはもう一つのブラウザではなく、同じブラウザの包みの問題を解いたものなのである。

誰に向いているか
四つの層があり、どれも同じ性質の別の部分で答えが出る。計算機の間を頻繁に移る人、つまり学生、運用、技術支援は、使う環境を一そろい持ち歩き、毎回作り直さないで済む。管理者の権利のない管理された計算機にいる人は、承認なしで使えるブラウザを得る。跡を気にする人は、跡が一つのフォルダだけで、しかも丸ごと消せるブラウザを得る。これはどの私的な閲覧の様式よりも清い話だ。私的な様式でも、ソフトは入ったままで、プロファイルも記録媒体の上に残るからだ。
そして四つ目、実際に使い続ける層。このブラウザの生態系と操作の癖が元から好きで、その癖を今いる場所でそのまま使いたい人、持ち歩けるようにするために別の何かを覚え直したくない人である。小さな動機だが、まったく筋の通った動機で、大きな企画がほとんど拾わない種類の需要でもある。小さすぎて優先順位に入らないからだ。
ここで何かが新しく発明されているわけではない。もともと良いブラウザを取り、持ち歩ける版に仕立て直しただけだ。一つのフォルダ、導入なし、データはプログラムと一緒に動く。持ち歩けるブラウザを要する人にとって、それは長い機能の一覧より役に立つ。
正直なまとめ
これは製品の姿をした包み方の判断であり、包み方の判断は軽く見られがちだ。作業の中身はといえば、大きなコードの山を毎週追いかけ、持ち歩きの設定を版をまたいで正しく保つことであって、発明ではなく目立たない手入れである。出来上がるのは、どこでも同じように振る舞い、状態を自分の内側に抱え、何も残さないフォルダだ。そして、まさにそれが要る場面では、機能をいくら積んでも代わりにならない。限界も同じくらいはっきりしている。一つの環境、一人の支え手、そしてより大きな何かと歩調を合わせ続けられるかどうかに懸かった存在である。